自称租チンの自分にはなかなか言われることのないセリフ「奥にあたって気持ちよかった」が、嬉しさと切なさと心強さと愛しさとモヤモヤを与えてくれるセリフだということを最近知りました。

「奥にあたって気持ちよかった」

この言葉の行間にどれだけの思いが秘められているのか!
勝手な妄想を繰り広げてみたいと思います。

まず、大前提としてぼくは租チンです。
だから、そうそう奥に当たることはありません。
同じ相手とばっかりしてたら尚更です。
相手の奥行までがそんなしょっちゅう変わるわけではないですからね。

さらに言うと、普段は当たってないから、奥に当たるということがすごく気持ちいいんだと経験した、ということにもなります。
でも、租チンなんで普段は奥まで当たらないことの方が通常なんです。
てことは、奥に当たる気持ちよさに気づいた相手は、粗チンではなくて巨チンもしくはもうちょっと大きいチンとセックスをしたくなるのが自然の成り行きです。

租チンであるがゆえの悩みです。。。


しかし、今回なぜ租チンなのに奥まで届いたのか、これが実は一番の謎、というか衝撃なのです。

もしかしたら、相手が嘘をついていて、そういう褒め方をしてくれただけなんでしょうか。
ぼくは普段から半分本気半分冗談で自分のチンを租チンと言っています。
それに対して、相手はそんなことないよ、と否定してくれます。(たまに普通に肯定されますがw)
相手の本心がどちらなのかは永遠に分かりません。
エスパーなら分かるんでしょうが、あいにくそういった特殊能力には恵まれませんでしたので、ガチで租チンと思われてる可能性があります。
てか、実際に租チンなんで仕方ないですけど。

なので、租チンのぼくに対して、奥に当たってるというアピールも込めて(租チンじゃないよアピール)、色々な意味を込めて、そういう褒め方をしてくれたと考察することも出来ます。

お相手視点としては、ぼくが租チンじゃないということも伝えられるし、気持ちいい(セックスが上手い)とか、シンプルに「奥が良い」ということも含めてる、なかなか凝縮された一言を言ったという自負もあるかもしれません。
一石二鳥どころか、一言で意味合いを3つも含めているステキな感情表現じゃないですか。

ここで、さらに考えないといけないのは、本当に届いていたのか、実は届いていなかったのか、です。


届いていなかった場合、(この場合、真実は正直知りたくないですが)かなりの否定をされていることになります。
まず、実際に租チンであることが立証されます。
だって奥に届いていないんだから。
さらに、このセリフを言った背景を考えると、無理矢理褒めざるを得なかった状況ということになります。
だって、わざわざ言う必要のない嘘をついたのですから、それはむしろ強制的に言わされたと考えるしかありません。
セックスについて褒める所ないけど、なんか言わなくちゃだから、とりあえず適当に褒めよう。
そうだ「奥にあたって気持ちよかった」だ。

このセリフの怖いところは、本当は奥に当たっていなかった場合のメンタルを容易に破壊できる爆発力が水素爆弾級に秘められているところです。

租チン、セックスが下手、強制的に褒めさせられる、もう別れたい。。。
はっきり言って、ここまでは簡単に想像できます。
なんて、裏表で両極端な感情が読み取れるセリフなんでしょうか。
恐ろしいー。

「奥にあたって気持ちよかった」

いや待てよ。
もっとシンプルに考えてみよう。
そもそも、奥に当たると気持ちいいということは、相手ぼくじゃダメじゃね?
もはや、既に別れのメッセージを込められているのか?
っぽいな。
そう考えると、なんだか色々恥ずかしくなってきました。
シンプルに褒められたと勘違いしていた自分が情けないです。
男らしく、ちゃんと別れを切り出そうと思います。

冷静にブログを書くことで、気づけてよかった。
皆さん、このセリフはお別れのメッセージですからね。

「奥にあたって気持ちよかった」

※ただし、租チンに限る。





巨チンになりたい・・・・